このアルバムの持つ誠実さについて語り尽くす術を持ち合わせていないことを表明したい。
イギリスの音楽の中で1番好き。人生で一度書けたら満足してしまうような名曲だけが入っている。
このアルバムを聞いてる時に感じる寂しさは音楽に与えられるよりも映画や文学に与えられる類のものであるなと思う。
かっこいいバンドから良いバンドになるには?という問いの答えがこのアルバム
ロマンチックさとギターロックのかっこよさが最も強く、中学生の時の俺はこればっかり聞いていたなと思い出す。
もし中学生の時にこのアルバムに出会ったいたら、俺はすごいものを聞いてるんだ、という自意識をより肥大させていたに違いない。
本当に気持ちが良すぎる。このアルバムに出会わなかったら得られなかった量の快楽がある。
同時代のアーティストと比べられないくらい下手な演奏なのだが、なぜかそれがかっこよく、心を打つ。
自分のガキっぽさみたいなものを良い感じに刺激してくる中二病アルバム。実際めちゃくちゃかっこいいからなー。
リリースは令和だけれど、平成の総決算であり、令和の方向を指し示した日本のポップ音楽史における最重要アルバムの1つ。
米津玄師がシングルを出しすぎていて次のアルバムはどうしているんだろうと思っていたけれど、まさかこんなに内容が多いアルバムになるとは思ってもいなかった。流行的な意味でのミニマルなアルバム選好というよりはちょっと盛りだくさんすぎて聞きづらいところがある。むしろ2枚組にしてほしかった。
2010年代の音楽シーンに顕著に見られるマキシマリズムの幕開けのようなアルバム。何度聞いても新たな発見がある。
ワン・ダイレクションとしての活動をもう期待できないほどハリー・スタイルズがもう独立してしまっている良いアルバム。
このアルバムを嫌いという人と仲良くなれる自信がないくらい、自分の人格そのもののようなほど影響を与えられた。
ポップスター星野源としてのキャリアハイのようなアルバム。次作も本作のような実験精神は存分にあるものの、そのような実験精神が時代精神となっているため、折り合いをつけているというのはこのアルバムが今の所最後か。
こんなにも死の香りが漂っている名盤はYELLOW DANCER以来だと思う。
美意識そのもの
2010年代の音楽シーンのマキシマリズムはかなり好みなのだが、それとの距離感が絶妙な近すぎず遠すぎずなこのアルバムを好きな理由は未だよくわからない。
ビッグなバンドであるオアシスが好きだからこそ、この1stにはまだ残る自分自身との距離の近さがやっぱり大切なんだということを最近わかった。
俺が好きな君の姿は大抵君はそれに自覚的になれてしまうけれど君は俺が好きな君の姿に無自覚な時があってその瞬間を堪らなく愛おしく思う。
彼に出会わなかったら今持ち合わせている美しいものを美しいと判断できる感覚は身につけることが出来なかった。
高校生の時にこのアルバムを理解しようと聞き込んでしまったため都市の神経症者になった。しかし、それは異常ではない。
このアルバムからRadioheadに出会ってしまったため、「RadioheadといえばCreepだよね」と発言をする人を葬る自律機械として行動するように定められてしまった。その役目から逃れたい。
出会うことと別れることは常に離れることなく共にあって、だからこそ離れてしまっても、また出会うことはあり得る、そんなBUMP OF CHICKENのリリシズムを貫く命題を最もコンセプチュアルに結晶化させたアルバム。彼らは離れないという嘘はつかないが、離れたら出会えないという嘘もつかない。